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大阪家庭裁判所 昭和49年(家)1696号 審判 1975年1月16日

申立人 久保洋子(仮名)

相手方 松村博(仮名)

事件本人 松村英二(仮名) 昭四〇・八・一七生

主文

事件本人の親権者を父である相手方から母である申立人に変更する。

理由

1  申立人は、主文と同旨の審判を求め、その実情として以下のとおり述べた。

申立人と相手方は夫婦であり、その間に長男である事件本人を儲けたが、事件本人の親権者を相手方、監護者を申立人と定めて調停離婚し、爾来、申立人において事件本人を監護養育してきたものである。申立人は、今後も事件本人を監護していく予定であるが、相手方はその後結婚して長男を儲け、事件本人に対して親らしいことを何もせず、養育費もとどこおりがちであり、事件本人に対する愛情もうかがい得ないところであり、親権者ということで扶養手当を受給しており、租税面でも親権者ということで利益を受けているが、現実の監護者である申立人においてかかる利益を享受すべきものでもあるから、本申立てに及んだ、というにある。

2  申立人は昭和四八年一一月一四日親権者変更の調停申立てをなし、七回の期日を持たれたが合意が得られず昭和四九年七月一五日審判に移行したものである。

3  申立人および相手方の戸籍謄本、当庁(二通)および水戸家庭裁判所の家庭裁判所調査官作成の調査報告書、相手方本人の審問の結果、当庁昭和四五年(家イ)第二八九二号夫婦関係調整申立事件記録を総合すると、以下の実情を認めることができる。

(1)  申立人が実家の特定郵便局の事務手伝いを、相手方が○○経済大学を卒業後株式会社○○組大阪本店の会社員として、それぞれ稼働している時知合い、昭和三七年一〇月頃結婚し、昭和三八年四月一七日婚姻届を了し、昭和四〇年八月一七日長男英二(事件本人)を儲けた。

(2)  申立人は結婚後家事に専念していたが、昭和四一年頃からとかく夫婦仲が円満を欠くようになり、別居同様の状態となつたため、昭和四二年三月から○○公社に勤務し、自活の道を図るとともに相手方との離婚を決意し、間もなく当庁に相手方との離婚の調停の申立てをなしたところ、昭和四三年二月頃円満に和解し、該事件を取下げたが、その後も相手方が京都市、岡崎市、名古屋市へと転勤が重なり、夫婦関係の円満が図られないまま別居同様の状態が続き、相手方が岡崎市へ転勤した際約六か月もの間その居所すら明らかにせず、別居状態となり、夫婦関係は全く破綻したため、申立人は昭和四五年九月再度相手方との離婚を求めて調停申立てをなし、調停期日を重ね、双方共に離婚については当初より異存はなかつたが、事件本人の親権者をめぐつて対立し、昭和四六年三月八日に至り、ようやく事件本人の親権者を相手方、監護者を申立人と定めて調停離婚が成立した。

(3)  申立人は、昭和四二年に○○公社に勤務するようになつてからは、申立人の実家が極く近隣であつたことから、勤務中は事件本人を実家に預け、勤務終了後実家に立寄つて食事をともにして自宅に帰るという生活を送つていたものであるが、実家には両親が健在であり、両親はもとより同居している長男夫婦も良く事件本人の世話をしてくれていたため、離婚後も従前と同様の状態で事件本人を監護養育しているものである。事件本人は現在小学校三年生であるが、健康で発育も良好、明るく素直な性格で友人も多く、学業成績も極めて優秀で、担任教論からも、何もいうことはない、と言われており格別の問題もなく順調に成育しているという状況である。申立人は現在も○○公社の職員として月額本俸金一〇万一、八〇〇円の給与を得、相手方から月額金一万円の養育費の仕送りを得、申立人の両親からの直接間接の経済的援助を受けて事件本人を養育しており、経済面についても当面さしたる問題はなく、事件本人の監護者としてはもとより、親権者としての適格性について疑問をさしはさまなければならない点もなく、充分適格性を首肯し得る状況である。今回本件申立てに至つたのは、事件本人の氏が申立人の氏と異なるため、日常生活において極めて不自由、不便であるのみならず、現実に監護養育しているにも拘らず親権者ではないからとして、扶養手当の支給を得られず、租税面での利益も受けられず、申立人の健康保険にも入れない等何かについて不利益を蒙むるし、本件申立ての直前に相手方が既に結婚し、男子を儲けているのを知つたので、事件本人の親権者は申立人こそ適格であると考えた故である。

(4)  相手方は申立人との離婚後新井良子と結婚し、昭和四七年一一月二八日婚姻届を了し、長男潔を同年一二月九日儲け、前示の会社に勤務して現在茨城県鹿島市内で親子三人の共同生活を営んでいるものであるが、申立人には結婚、出産の事実を告げずに、離婚後も昭和四八年一〇月頃までの間数回申立人方を訪れて、事件本人に面会したこともあつたが、その後は面会しておらない。相手方は、本件申立てについて反対の意向を示し、依然事件本人の親権者を希望する理由は、申立人の親権者としての不適格性を問題にするのではなく、親権者を申立人に変更した場合、事件本人の氏が母の氏に変更されること、現在親権者であることによつて保つている心のはりが失われてしまうこと、そしていずれが親権者となるかは事件本人自身判断能力がついた時点で事件本人に決めさせれば良いことである、というものであり、また現在事件本人を監護養育することが可能な状況となつたので、事件本人を引取りたい希望を持つているものである。

4  父母の離婚に際して、子供の親権者と監護者を父母その他別異の人に分属せしめることは、民法七六六条、八一九条により認められるところであり、監護者制度自体その合理性を有効に発揮し得る場合のあることは疑問のないところである。しかしながら、子の福祉の観点からするならば、親権者と監護者が父母に分属しているという状態は通常最善のものとはいい難い。特に、親権者、監護者の定めが、協議或いは調停によつてなされるとき、父母双方の子供に対する愛情を満足させるために、親権の本質を充分理解せず、家父長的権利の一種として親権に固執するため等、離婚の成立とのかね合いからの、やむを得ない妥協的措置として、親権者と監護者を父母に分属せしめる合意が成立する場合が多々ある。離婚後の父母に、親権と監護権の円滑な行使は期待し難く、結局は子の福祉に反する結果を惹起する。従つて、特段の事情のない限り、監護適格者に監護はもとより親権を行使せしめるのが妥当であり、特段の事情のないまま、父母に親権と監護権を分属せしめて離婚したような場合は、早晩にその一本化をはかり、子の福祉を万全のものとすべきであり、分属による弊害がでてきているようなときはなおさらのことである。これを本件についてみるに、上記認定事実によると、申立人と相手方は離婚に際し、ともに親権者となることを希望したが、事件本人の親権者と監護者を父母に分属せしめる何らの合理性のないまま妥協的措置として申立人が監護者となり、相手方が親権者となつたものであり、申立人は事件本人の監護者として適格性を有し、親権者としての適格性に疑問をさしはさむ資料も全く存せず、既に結婚し一子を儲けている相手方に監護者を変更しなければならない必要性も有効性も全くうかがい得ないところである。そうすると、相手方が親権者としての適格性を有するか否かということではなく、申立人が監護者としての適格性を有し、現に事件本人を適正に監護しており、監護者を変更しなければならないような事情もなく、親権者として適格性をも有している以上、子の福祉の観点から監護者である申立人に親権者を変更する必要性があるものといい得るところである。申立人が親権者でないことから事件本人の氏の問題で同居生活上の支障をきたし、現実の問題として扶養手当、税金、健康保険、母子関係福祉で不利益を蒙むつている事実は分属の弊害であることは明らかである。そして、相手方が親権者変更について述べる反対の理由のことごとくは不合理なものか、子の福祉の観点から譲歩せざるを得ないものである。即ち、子の氏の問題については、氏を家制度の残存としての意識のあらわれとしての面が強く、同居生活上の支障に思いを至さない独断といわねばならず、事件本人の親権者であることの心のはりの問題は、子の福祉の観点から譲歩せざるを得ないところであり、事件本人自体に判断させるべきという主張は、現時点で父母のいずれに親権を負担させるかという要急の問題を回避するにすぎないものである。以上の諸事情を考慮するならば、事件本人の親権者を父である相手方から、母である申立人に変更することが相当といわなければならない。

5  よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡部雄策)

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